企業が事業を停止し,破産の準備に入るとき,もっとも頭を悩ませることの一つは,労働債権(お給料)です。
会社は資金が不足して破産の準備に入るのですから,当然,給与の支払いについても難しくなっていることがあります。
しかし,給与は従業員にとって生活の資源であること,たとえ赤字が続いていようと労働者の働きの上に会社が存続してきたことを考えると「お金がないので支払えない」と簡単に割り切ってしまうことには躊躇を覚えます。
また破産準備に入ってからも,一部の従業員(特に,経理や総務担当)の方に破産準備のお手伝いをしてもらわなければならない場合があることも,支払うべきは支払っておきたい理由の一つです。
そこで,会社を廃業し破産準備に入るとき,従業員に支払うべき債務について整理しておきましょう。
破産の前準備
まず,経営者は,破産の準備に入ることを事前に従業員には周知しないのが一般的です。破産の準備をしていることを事前に従業員に広めてしまうと,どんなに口止めをしても,取引先や仕入先に漏れてしまい,混乱が発生してしまいます(一部経理担当者などには伝えて,準備を手伝ってもらうことはあります)。
したがって,従業員はある日突然「今日で,会社は終わりです。破産の準備に入ります」と伝えられることになります。
このような通知は,法律上は解雇にあたりますので,会社は突然クビになる従業員に対して,解雇予告手当を支払う必要があります(労働基準法第20条)。
破産時の給与の支払い
従業員は前の給料の締め日から解雇を伝えられるまでの間,会社に勤務していたのですから,勤務日数に対する給与を支払う義務があります。
例えば,給与の締め日が毎月20日で,25日給与支払いの会社で,月末をもって従業員を解雇するのであれば,上述の解雇予告手当と,概ね10日分の賃金を支払わなくてはなりません。
前者の解雇予告手当は,平均賃金の30日分ですので,概ね1か月の給与額に該当します。
しかし,この金額が意外と高くなりがちです。理由は二つあります。
解雇予告手当について
解雇予告手当は,給与の総支給額を基準に考えます。会社が従業員に支払う給与は,総支給額から,厚生年金保険料,健康保険料,源泉所得税,および住民税などが控除されています。したがって,従業員の給与額が月額30万円であれば,経営者はそのうち24万円くらいを従業員に支払っているという感覚になるかと思われます。
しかし,解雇予告手当は上記のような控除後の金額を基準に考えませんので,経営者にとって意外と高額になりがちです。
次に,解雇予告手当には最低額の定めがあるという点です。
これは,解雇予告手当は「過去3ヵ月間の賃金÷その間の歴日数×30日」の計算式で計算されるのが通常ですが,これでは出勤日数の少ない労働者の保護に欠けるということになり,上記計算によって算出される額が,「過去3ヶ月間の賃金÷その間の労働日数×0.6×30日」のより少額の場合,後者による支払いが必要となります(労働基準法第12条1項1号参照)。
おおむね,1ケ月の出勤日数が18日以下の場合,この最低額の定めによる支払いが必要になります。
ここで,過去三カ月間で1月は10日出勤し,75,000円,2月は8日出勤し給与は60,000円,3月は12日出勤し給与は90,000円をもらっていたアルバイトさんについて検討してみます(よく「アルバイトなんで,今日までのお給料を支払って,『今日で仕事はおしまい』と伝えれば足りる」などと思っておられる方が見受けられますが,アルバイトといえども労働法上は正社員と異なることはない労働者ですのでご注意ください)。
この場合の解雇予告手当の金額は原則でれば,単に3か月の合計を3で割り,解雇予告手当は75,000円となりそうです。
しかし,最低額の定めによる計算をすると
225,000円(3か月分)÷30日(出勤日数)×0.6×30日=180,000円となります。
すなわち,毎月75,000円程度のお給料だったアルバイトさんに対しては,18万円の解雇予告手当を支払わなければならないことになります。
これは飲食店や小売店などアルバイトさんの人数が一定以上必要な業種では,顕著な差になって現れます。特に,主婦の方のパートタイマーなどの場合,勤務日数が週1,2日などということもあり,差が大きくなります。
したがって,破産の準備にあたって,「従業員に支払うべき金額をきっちり支払おう」というのであれば,解雇予告手当が高額に及ぶ可能性について留意しなければなりません。
また,解雇予告手当の支払いと解雇日までの給与の両方を払うことは難しい場合もしばしばあります。
これはサービス業など人件費の運転資金における割合が大きい企業にありがちな現象です。このような場合どのように対応し,何を優先的に支払ってどう破産の準備を行うべきかについては,次回ご説明いたします。